バタフライ・エフェクト - 映画とカオス理論

 バタフライエフェクト(2004年、米国)をDVDで観る。

 主人公エヴァン(アシュトン・カッチャー)は、少年時代、記憶が突然失われてしまうと言う謎の症状に悩まされていた。成長したエヴァンが過去の記憶を取戻した時、彼は過去と現在の連鎖、それを断ち切る事で現在を変える手段に気がつく…

 と、謎めいたストーリー紹介だが、実際、作品はサイコスリラーなのかSFスリラーなのか良くわからない、トリッキーな展開をみせる。作中時間が細切れに繋ぎなおされた現実感のない展開は『メメント』と同様の感覚。作中の出来事が妄想なのか現実なのか…その疑いがピークに達したときに、ばたばたと謎が解明され、一気に複線を回収しつつクライマックスへ。なかなか良い仕事した構成だと思う。

 プロットに穴(矛盾)が無いかと言えば、そういうわけでもない(全く矛盾のないタイムトラベルものなんて不可能だとは思う)だが、穴が全く気にならないのは確か。 何しろ、一度少年時代からのエヴァンの成長を描いた後に104分の尺の中で7回も過去に戻るんで、話のテンポが速すぎて、くだらない事考える暇がない(笑) うっかり、ストーリーに引き込まれてしまう。

 さて、この映画のタイトルにもなっているバタフライ・エフェクトというのは、カオス理論から来た言葉で、作品の冒頭でも「蝶の羽ばたきのような小さな事象が、地球の裏側の嵐の原因となる」と紹介されている。エヴァンの過去の行動が、彼の現在の状況に対して思いもよらない影響を及ぼす事の喩えともなっているわけだが、この用語は、気象学者ローレンツ・エドワードによるものらしい。

 彼は、1963年、「Deterministic Nonperiodic Flow (決定論的な非周期の流れ)」という論文の中で、気象予報の為の微分方程式に入力するある数値が1/5000以下のほんのわずかな数値だけ違う事で、結果として現れる気象予測が全く異なる事を発表した。そして、彼が1972年に、“Predictability: Does the flap of a butterfly’s wings in Brazil. set off a tornado in Texas?(予測可能性: ブラジルの蝶の羽ばたきがテキサスでトルネードを起こすか?)”という講演を行って、この用語は認知されたようである(諸説あるが)

 さて、このバタフライ・エフェクト等という概念を持ち出したカオス理論は、はたから見るとどーもいんちきくさい学問に見える。だいたい、蝶の羽ばたきが嵐を起こすって時点でもう疑わしい!(ちなみに、カオス(Chaos)という言葉はもともとは、ギリシア神話の最初に生まれた神、そして旧約聖書では神による天地創造以前の混沌を表す言葉だそうで、混沌・ごちゃごちゃ・乱雑と言った意味を持つ)混沌・ごちゃごちゃ・乱雑という語を冠した学問…これはいったいどういう事を言っているのか、自分の勉強がてら、ちょっと整理してみる。

 まずは、カオス理論で良く引き合いに出される例であるロジスティック・モデルから。仰々しい名前がついているが、内容はかなり単純なもので、生物数や人口の増減を説明する為にしばしば使用されてきた。

 例えば、定期的に人口調査をやっているある国(5年に一度やってる日本の国勢調査みたいなもの)を考える。記念すべき第一回目の調査では0.6億人、第二回目では0.7億人…と、調査していくわけだが、一般化して、そのn回目の人口調査の結果、そのときの人口数をY(n)だとする(次回n+1回目の調査時にはY(n+1)人いると書ける)
 更にn回目とn+1回目の調査の間には、単純に人口の自然増でaの割合で人口が増えると仮定する(0<a <1の時は人口減)と、
 Y(n+1)=aY(n)
という事になる。

 しかし、人口が増えすぎると、いろいろ問題が起こる(食料不足とか)ので、人口が増えるほど、比例して一定の割合でその動きを抑制する(人口の伸びを減らす)働きもあると考えるのが自然だろう。この割合はY(n)が増えるほど強く働く要素なので、この働きの効果を(1-bY(n))としてやると、
Y(n+1)=aY(n)(1-bY(n))
と書ける。

 基本的にこれで、モデルとして考慮に入れる要素は全部入ったので(少な!)あとは、ややこしい式を簡単な表記に直してみる。
まずは両辺にbをかけて
bY(n+1)=abY(n)(1-bY(n))
ついでにbY(n)=X(n)としてやると…

X(n+1)=aX(n)(1-X(n))
と整理する事ができる。
 一国の人口の動きを表そうとするには、あまりにもシンプルな式(方程式)だが、少なくとも、これに数値を入れてやれば、将来のこの国の人口を「決定」できる事になる。

 忘れてたが、X(n)=5000とかだとX(n+1)=a*5000*(-4999)=-24995000aになって、人口がマイナスになってしまうので、0<x (n)<1としよう(これは5000人を0.5万人と書く、と言うような事であって、単位が変わるだけで結果に影響はもたらさない)

 さてこの状況で、aと一回目の調査の結果X(1)の値が変わると、X(n),X(n+1), X(n+2)…の値はどう変化するか?

 まずは、a=1.8のときを考えてみる。X(1)が0.1,0.3,0.5と3つの初期条件をとる場合を考える。1回目の調査のときの人口X(1)=0.1の時、X(2)=1.8*0.1*(1-0.1)=0.162という風に計算していくと、X(1)の値別のX(n)のグラフは以下のようになる。

 X(20)までの表
 結構綺麗なグラフ。X(1)の初期値がどのように変化しても、結果は一つの値に収束していくと予測できる。

 a=2.8のときも同様に、X(1)が0.1,0.3,0.5と3つの初期条件をとると考えると、それぞれの場合のグラフは以下のようになる。

 X(20)までの表
 これも、X(1)の変化に対するX(n)の変化の予測は可能なようだ。

 さて、ここからが問題。a=3.8とした時に、同じようにX(1)が0.1,0.3,0.5の場合を計算していくと…

 X(20)までの表
 なんじゃこりゃ、っていうぐちゃぐちゃっぷり(笑) X(1)の値ごとに全くばらばらに、周期性もへったくれもない動きをしてしまう。

 更に問題なのは、このぐちゃぐちゃが初期値の変化に非常に鋭敏に影響される、という事だ。例えば、a=3.8で、X(1)が0.10000000、0.10000001、0.10001000と変化した時は以下のようになる。

 X(80)までの表
 はじめの方は、乱雑に動いているとはいえ、各線は同様の動きをみせているように見える。しかしながらn=30を越えたあたりから、たった0.0000001違うだけでも全く異なった挙動をみせるようになる。ほんの小さな違いが、全く異なった結果を生む。これがバタフライ・エフェクトなのだ。

 そもそもの元の式は、”X(n+1)=aX(n)(1-X(n))”という、とてもシンプルな数式によって将来を決定する事ができるはずであったのに、その結果は周期性の無い、非常に複雑でランダムな結果がもたらされてしまい、結局、将来が予測できない(長期の予測不可能性) また初期値のほんの小さな差異によって、結果が完全に異なってしまう(初期値鋭敏性)。これがカオスと呼ばれる現象である(カオスの定義は結構曖昧。ただ、加えてフラクタル=自己相似性は重要視される)

 一回目の調査(n=1)の時には、小さな差であっても、その効果がどんどん連鎖していくうちに、大きな差になる。一つの要素が他の要素に影響を与えて、その変化がまた新しい変化をもたらして…やがてまったく異なった結果に帰着する。こうした現象は、実は自然界にも人間の社会にもありふれている。というより、この世界はそんな現象ばかりで構成されていると言ってもいい。そんなわけで、カオスは天地創造後にも『バタフライ・エフェクト』の主人公エヴァンに限らず我々を支配し、悩ませているのである。

┌関連リンク
映画について
THE BUTTERFLY EFFECT - バタフライ・エフェクト(公式)
I N T R O+blog: バタフライ・エフェクト
バタフライ・エフェクト minaの官能世界/ウェブリブログ
雪月華: ’2005年下半期発売のDVD’の中で「期待以上に面白かった1本」
カオス理論について
カオス理論 - Wikipedia
「カオス理論」哲学的な何か、あと科学とか
カオス&非線形力学入門
ロジスティックモデル

3 Comments or trackbacks for this entry »

  1. 途中からさっぱりわからんくなったけど(笑)
    メメントで盛り上がったあたしとしては、この映画かなり見てみたい。

    バタフライエフェクトとは日本語訳すると「風が吹けば桶屋が儲かる」というのに近いのかしら。

    まぁ、世の中いろんな法則にはすべて適用限界とか、段階があるんであって、この世をくまなく秩序付ける法則というのはないわけで、その意味でこの世は絶対カオスであるとおもうわけです。技術とか発達して細かいところまで見えるようになればなるほど、世の中のカオス度はあがることになるのだろうと。

    全然違うこと言ってたらごめんねー。

    コメント by もえこ — 2005/12/13 火曜日 @ 23:29:13

  2. 『バタフライ・エフェクト』ちょっと観てみたくなった。
    タイムトラベル物は確かにむつかしー…。
    私が最近見た映画として衝撃的だったのは、『ヴェラドレイク』かな。
    違法で赤ちゃんをおろすのを厚意で20年近くやってたおばーちゃんが警察に捕まる話。
    主役のイメルダ・スタウントン(『恋に落ちたシェエクスピア』のエリザベル女王役)の演技が素晴らしい。
    ファンタジー映画大好きな私ですが、人間らしい生々しい映画も好きだったりする。
    今回卒論で映画をやったお陰で、これまで舞台一筋だったのが徐々に映画に興味を抱けるようになった。

    カオスについて。
    次々と観たとたんギリシャ神話の神様の名前がぽんぽん出てくる私はだめですね。
    逝ってきます…。

    コメント by 楓子 — 2005/12/14 水曜日 @ 00:17:00

  3. バタフライ・エフェクト/アシュトン・カッチャー…

    バタフライ・エフェクトは、今まであまり感じたことのないドキドキ感を味わえる映画でした。
    過去の瞬間を変えることができる主人公エヴァンは、現在の自分の不幸や愛すべき人の (more…)

    トラックバック by 文学な?ブログ — 2006/06/27 火曜日 @ 23:39:10

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